紙飛行機 4/6 PAGE
「さよならってどういう意味?」僕は初めて出会ったときの最初の紙飛行機に書いてあった言葉のことを尋ねた。
「飛行機雲に挨拶したの」
「どうしてさよならなの?こんにちはじゃなくて」
「こんにちはって言ったことがないから」


  そう、私は挨拶といえばさよならのことだと思っていた。いつの間にか同じ病室から消えてしまう入院患者達、老人や中年の男、少女達……ベッドに置き忘れられたボロボロになった文庫本やおもちゃ……さよなら、さよなら、さよなら………。

私はいなくなった誰かに挨拶する。
さよなら さよなら
病室の揺れるカーテンに向かって
さよなら さよなら
私の言葉は薬の匂いのする風に乗ってどこか知らない街に
さよなら さよなら
それは私のつくった言葉
さよなら さよなら
誰とも出会わない言葉
さよなら さよなら
丘を越え白い砂浜に打ち寄せられる
さよなら さよなら
すぐに波でかき消されてしまう4文字の言葉
さよなら さよなら
それはやがてウミネコの歌に変わる
さよなら さよなら
それはいずれこの星を覆う大気に変わる
さよなら さよなら

「じゃぁ、僕が初めてだね。こんにちは」
「ダメよ、私言えない」「どうして」
「だってどんな挨拶もいずれ『さよなら』に変るのよ」
「変ることが恐いんだね」
「ううん、恐くはないの。ただ、知っているのに嘘はつけないわ。ねえ、変らないものはさよならだけ」

  僕達は夜の中で見つめ合った。そして結婚した。変らぬさよならを誓い合って。
「さよなら」
「さよなら」
  そして僕達は急速に歳を取った。

「 僕達は暗くてお互いの顔を確かめることができなかった」

「けれど私達ははっきりと感じていたの。私の手が少しずつ筋張ってゆくこと」

「僕の口元に深い皺が刻まれていること」
  ……僕達には分っていた。同じ時間を生きているのだ。僕は満足だった

  やがて僕達は湖に墜落した。歳を取りながら。薄い氷を破って。きっとこの氷は現実と夢を区別する為に張られているのだ。僕達は深く深く沈んでいった。僕は「ピノキオ」の物語を思い出した。 ピノキオは人間になりたくて世界じゅう、旅しているうち海に落ちて、サメに呑まれてしまったのだっけ。そうだ、今まで気付かなかったけれどいつまでたっても子供のままの僕はピノキオだったのだ。湖の底に沈んでゆきながら僕は幸せだった。僕は歳を取る。僕はもうピノキオじゃない、歳を取り、死んでゆく人間なのだ。