海亀
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雨が上がると客は僕ひとり

目を閉じた横顔を見たくて振りかえると

その人は水槽ごしにこっちを見つめていた

「学校の帰り?」

そう訊かれたとき僕は恥ずかしくて

今すぐこの制服を焼き捨てたいとすら思った

彼女は水槽の向うからこう言った


「こうしていると私達のほうが水の中にいるみたいね。

閉じ込められた魚は嫌い。自分を見ているような気が

して息苦しくなるの」

表情の無い瞳が水の中に揺らめいて見えた

「だから魚を飼わないんだね」

彼女が肯いたのかただの水の揺らぎに過ぎないのか

僕には分からなかった


空っぽな水槽をはさんだままの日々が何年か続き

その人は少し年を取り僕は少し大人になった

その人の目尻には薄い皺が刻まれるようになり

僕は窮屈なカラーのついた制服からようやく抜け出した

恋人が出来たけれど

この場所に来る時はいつもひとり、何故だろう

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