紙飛行機 6/6 PAGE
  気付くと僕はもとの校庭に立っていた。白いビルの屋上に小さな人影が見える。
 僕は矢のように走り出した。病院目指して。動きの鈍い自動ドアも受付もすっ飛ばして僕は最上階に駆け上った。今度こそあの子に会うんだ。会ったら何て言おう。何て言おう。
 鉄の扉を開けると、夕日に染まった空の中にあの子がいた。西日が眩しくて目がくらんだまま、僕は君に駆け寄り、そして言った。
「こんにちは」
  ゆっくりと君が振り返った。
  真っ白い髪をして皺だらけの顔をした、年取った君が。君は首を傾げて僕の目を覗き込んだ。それは底の無い井戸のように、輝きのない瞳だった。恐らく、90年間の全ての夕日がこの中に吸い込まれていったのだろう。

「こんにちは。やっと会えましたね」
君の震える口許が何か呟こうとした時、
「おばあちゃん」
という声がした。
 振り返ると看護婦が立っている。
「もうベッドに戻る時間ですよ」
 君は聞こえていないようだった。そしてその何も感じていない瞳で僕を見つめていた。
看護婦が抱きかかえるようにして連れて行こうとすると,君は何か見えないものを僕に手渡した。そして行ってしまった。

 それは透明な紙飛行機だった。
 その翼の裏に書かれた文字を僕は小さく声に出して読んだ。
  「永遠」という透明な細い文字で書かれた、君と僕の秘密の言葉を。
 僕はそれをまだ色褪せずにいる夕焼けの空に放った。
 やがて、僕は紙飛行機を見失った。 
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