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放課後、僕は人気のない屋上で透明な紙飛行機を折る。何故、透明なのかって?だって僕とあの子以外に見えてはダメだからさ。
夏休みが終わってすぐの頃だった。学校の帰り、振り返ると長い飛行機雲が校舎の向うまで続いてた。雲の端っこをどうしても見届けたくて、僕は急いで引き返し、屋上に駆け上った。息を切らして鉄の扉を開けると、空の匂いが肺の中に勢いよく流れ込んだ。
僕はむせて咳き込みながら、天を見上げた。少しずつ黄金色に染まりつつある空の中で飛行機雲がプラチナみたいに光っていた。校庭にいた時には感じなかった風が、ここではザアッという音をたてて僕の耳をかすめてゆく。すごい速度で流されてゆく飛行機雲を見ていたら、体じゅう痛いような感覚に襲われた。僕は泣いてしまった、たぶん風の中で目を凝らしていたせいで。………そう、夏が終わったのだ。
僕は手すりによじ登ってそれを見送った。腕を伸ばし、手を振って。すると少し離れた所にある向いのビルの屋上にも小さな影があるのに僕は気付いた。人影は、夕日の方向に流されてゆく飛行機雲に、手を振っていた。離れていて聞こえる訳でもないのに僕には何か叫んでいるように思えた。
「おーい!」大声で僕は叫んだ。その子は振り返った。
それが、彼女との出逢いだった。
「何を言ってたの?」と僕はものすごい声でどなった。
その子も何かどなり返したみたいだけれど聞こえなかった。
「こんにちはぁー!」
「夕日、すごいねぇ」
結局あちらの声は全く聞こえず、何度か意味の通じない叫び声のやりとりがあった後、しばらくしてその子の手から、白い何かが放たれた。赤く沈み始めている空をフワフワと漂って、それは校庭にポトリと落ちた。僕は、一目散に校庭に降りた。
それは紙飛行機だった。
裏に何か書いてあるようだった。広げて、薄暗がりの中で目を凝らすと、鉛筆書きの細い文字で「さよなら」とあった。
その時僕はあのビルが病院だということを初めて思い出した。そして、弾かれたように駆け出した。もはや紙飛行機の形をしていない紙飛行機を握り締めて。
屋上に戻ると、彼女はすでにいなかった。二つのビルの周りを風と闇が取り囲んでいた。
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