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老女 「これは――私?」
少年 「うん」
老女 「この猫は?――あなたね」
少年 「はじめて会った時こういうイメージが浮んだんだ」
老女 「これは窓ね?ここは何処なのかしら、何か音楽が聞こえる気がするわ」
少年 「気のせいじゃないよ、本当に聞こえるんだ、ほら」
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猫 「何て書いてあるの?」
画家 「――暗くて読めないんだよ」
猫 「――泣いてるの?」
画家 「――さあ、腹が減っただろう、飯にしよう」
猫 「大丈夫さ、暗くて見えないから」
画家 「猫なのに?」
猫 「猫なのにさ」
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五十嵐 「綾乃さんの口から聞きたいんだ、そっから先の話は」
綾乃 「――」
五十嵐 「あの夜何があったのか話して欲しい」
綾乃 「――忘れたわ」
五十嵐 「だけど思い出したいから絵を画廊から取り戻した」
綾乃 「――」
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五十嵐「ひどいなあ、もう。何でこんな店に来る客がいるんだ」
令子「まだ分からないの?人間て時々こういう刺激が欲しくなるものよ。生きるか死ぬかっていう」
五十嵐「ここはもう危なくなってきた」
令子「いいでしょ、こういう防空壕気分のところで見知らぬ男と女が出会い愛を育みそして」
五十嵐「いや、遠慮しときます」
令子「愛と危険は背中合わせなのよ」
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ノノコ 「音楽が聞こえるわ」
ウシオ 「ああ」
ノノコ 「何かの踊りの曲かしら、かかとを鳴らしたくなる」
ウシオ 「・・・あれは」
ノノコ 「あんたよ、きっと」
ウシオ 「全体的にちっちゃいな」
ノノコ 「歳取ると縮むのかしら」
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老女 「さっきのお客さんいい感じだった、ええ」
猫 「ここはキャバクラじゃないんだぞっつうかキャバクラにこんなババアはおらん」
老女 「サービスするなってことかい」
猫 「っていうかお前のはもうサービスになっていないんだ。こんな萎んだ胸を押し付けられたってどういう顔していいか困るだろう」
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綾乃 「箪笥の中でこのブラウスも色褪せてゆくのかしらね」
五十嵐 「はは、パラゾールの匂いも染み付いちゃってね」
綾乃 「記憶も色褪せるって、観世さん言ってたわ。染め直しって知ってる?昔の人は着物を大切にして同じ生地を何度もそうして使ったの。でも繰りかえし染め直していると元の色が分からなくなる。――思い出は辿れば辿るほど遠くなるのよ」
五十嵐 「じゃ俺は昔の人間なんだろう。色なんかどうだっていい、その着物だってことが重要なんだ」
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猫「これは僕だね?」
画家「そう、私だ。(筆を置いて)これでよしと」
猫「まだ描きかけだよ」
画家「いいんだ」
猫「あの屋上に僕がいる。でもあの人は?」
画家「まだ描いていないんだ」
猫「それじゃ会えないじゃないか」
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